高校ビブリオバトル2019

「命」を見るとは? 水墨画の「線」が導く、孤独な若者の成長物語

『線は、僕を描く』

砥上裕將(講談社)

会田遥輝くん(福島県立田村高校3年)

誰でも、「自分を成長させてくれるものとの出会い」をしたことがあると思います。僕はソフトテニスという競技に出会い、努力することの大切さを知り、かけがえのない仲間を作ることができました。皆さんにも、何かしらそういう経験があると思います。

 

今回僕が紹介する、『線は、僕を描く』という作品は、主人公が水墨画に出会い、成長していくという作品です。この物語を簡単に説明します。主人公・青山霜介君は、高校生のとき、交通事故で両親を亡くし、おじさんに引き取られます。そこで深い悲しみと喪失感に襲われ、自分の殻に閉じこもった生活を送るようになってしまいます。

 


そんな彼が大学生になったある日、アルバイトで水墨画の展示会に行くことになります。そこで青山君は、水墨画界の巨匠・篠田湖山先生という方に出会います。2人はそこで一緒に水墨画を見ることになるんです。すると、ただ展示を見ているだけの青山君に対して、篠田先生は「君には才能がある。弟子になりなさい。」と言って、その場で内弟子にしてしまうんです。そのことに腹を立ててしまうのが、篠田先生のお孫さんである篠田千瑛さん。彼女は「なんでその人を弟子にとるの? 私、その人を弟子に取るんだったら彼と勝負する」といって、1年後の湖山賞というコンクールで勝負することになりました。このコンクールは、この作品の中で一番の見どころとなっているんですが、そこだけがこの本の魅力ではありません。外にもたくさんの魅力があるので、今回それを三つ紹介していこうと思います。

 

一つ目は、主人公青山霜介君を取り巻く人間関係です。この篠田先生の弟子に入ることによって、一番弟子の方、そして二番弟子の方に出会い、水墨画の技術を習って眠っていた才能をどんどんと開花させていくんです。一方大学では、同級生や、宣戦布告されたライバルの篠田千瑛さんと一緒に水墨画サークルを立ち上げて、活動していくことになります。そこで、ライバルだった2人の関係が、どんどん深まっていく。そういった人間関係を読んでいくのも、この本の魅力です。

 

そして二つ目は、この本の作家、砥上裕將さんしか書けない水墨画についての文章です。なんと、この砥上先生、彼自身が水墨画家なんです。そんな彼しか書けない独特の表現があります。例えば「水墨画というのは、墨のすり方一つだけで絵が変わってきてしまう」ということや、「水墨画というのは線の芸術で、命を映し出すもの」というふうに言います。その線というのは、「人の声と似ているよ」と言っていて、「練習である程度変化させることはできても、その人しか持っていない生まれ持った性質がある」というふうに言っているんです。そしてまた、彼が書く文というのは、まるで文章から絵が浮かび上がってくるような、本当にそんな書き方をしてるんです。そんな砥上先生しか書けない、水墨画の文章を読んでいくというのも、この本の魅力の一つとなっています。

 

そして三つ目、主人公・青山霜介君の水墨画による成長です。物語の終盤で、青山君がいよいよ湖山賞に出展する日が来ます。青山君は、初心者の卒業課題とも言われている菊を描くことにしました。そこで、青山君は初めて壁にぶち当たります。もがき苦しみ何度も何度も描く青山君に、篠田先生はこうアドバイスをします。「命を見なさい。形ではなく命を見なさい。」命を見ろなんて、何を言ってるんだと僕は感じたんですけど、そこで青山君は両親の死後、一度も足を踏み入れていなかった自宅に入ることにするんです。

 

そこで命を見るということの、自分なりの答えを見つけ出します。そんな青山君が描き出す菊は一体どんな作品になったのか、そしてコンクール本番、千瑛さん対青山君、一体どちらが勝ったのか。

 

と、ここまでこの本の魅力を三つ説明させていただきました。しかし、僕はこの本を読む際に疑問に思っていたことが二つありまして、もしかしたら皆さんの中にも、そう思っている方がいるかもしれません。そこでその二つを紹介して、僕の発表を終わりたいと思います。

 

一つ目は、なぜ湖山先生は、青山君を一目見ただけで弟子に取ったのか。意味分かんないですよね。普通にただ見てるやつに、君には才能がある。なんて思わないですよ。それには深い理由があったんです。

 

そして二つ目、この本のタイトル、「線は、僕を描く」。普通に考えたら僕は線を描くだと思うんです。その理由というのは、この本を最後の1行まで読んだときに深く納得させられ、自分の中に落とし込まれるものとなっています。僕は、この本に出会ったことで少し成長できたなと思いました。皆さんもぜひこの本と出会ってみてください。

 

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<全国高等学校ビブリオバトル2019全国大会の発表より>

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『線は、僕を描く』です。ビブリオバトルでの発表を通して、自分を支えてくれる大きな存在になりました。

 

辻村深月さんの作品を読んでいきたいです。