ふくろう先生の新書探検隊
第1回 貧困・格差を考えよう
『弱者の居場所がない社会 貧困・格差と社会的包摂』
阿部彩(講談社現代新書)
著者は、国立社会保障・人口問題研究所、社会保障応用分析研究部長(現在は、首都大学東京都市教養学部教授)。専門分野は社会福祉学/財政・公共経済、テーマは貧困・社会的排除、公的扶助論、社会保障論です。
社会的な排除や障壁のない社会を作りたい

本書は、なぜ格差がよくないのかを中心テーマにしています。生活がだんだん崩れていくようす、特に貧しくなるようすを、著者がかかわったホームレスの人々を例にして分析していきます。
ホームレスとは、路上生活者のこと。住む家もなく、家族もなく、公的な空間に寝泊まりしている人たちのことです。都会の公園、ガード下や駅構内などに、段ボールやブルーシートで簡単な小屋を作ったりして生活し、ゴミ集めや日雇い労働で生活の糧を稼いでいます。規制の強化や改善の努力で、公的な場所にはいなくなりましたが、河川敷や橋の下などに移って生活しています。
著者は、そういう人たちは、社会的に排除されていると言います。社会的排除とは、普通に行うことができるはずのいろいろな活動への参加がかなわないということです。例えば、収入を得るために仕事に就きたい時、普通は職業安定所などの公的機関に相談に行きます。でも実は住むところ、つまりその証しである住民票が必要なのです。ホームレスの人たちは住むところがなく、登録もしていないため、住民票がありません。だから相談に行っても相手にされないのです。このようなことが社会的に排除されているということです。
実はそのような社会的排除が格差の拡大により生まれ、結局個人の尊厳、自尊心(つまり自分は生きていていいんだ、社会は自分を必要としているんだという確信)を失わせていることを、本書は理解させてくれます。
ちなみに、格差の拡大は、「マタイ効果」によるとしています。面白い言葉ですね。「持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持ってない人は、持っているものまで取り上げられるであろう」(新約聖書、マタイ福音書13章12節)という言葉に由来しています。
そして、そのような社会的排除をなくす社会を作るために、社会的包摂(社会での自分の居場所)の大切さを説きます。社会での居場所とは、自分が社会の中で存在していていいんだと信じられる状態、場所、役割などのことです。逆に社会から見た場合、その人の存在を社会が認める=“承認”することになります。
そして、著者はそのためのユニバーサル・デザインを提案します。つまり、社会で“承認”されるための仕組みです。(詳しくは別の共著『自壊社会からの脱却 もう一つの日本への構想』の中の「ユニバーサル・デザイン社会の提案」という章に述べています。)
例えば、今の世の中、左利きであるという心身の状況が「障害」となるのは、はさみが右利き用にできているという「障壁」があるからであり、はさみがそもそもユニバーサル・デザインに設計されていれば、左利きは「障害」とはならない、という考え方です。そこで、基本的な生活を保障する一律の給付を、すべての人に無条件で行うというような、ベーシック・インカムといったアイデアも含め、先のはさみの例のように、「障壁」のない社会をめざした提案を行っています。実現すると理想的だと思えます。
[出版社のサイトへ]