ふくろう先生の新書探検隊
第3回 今の世界は資本主義による市場に支えられている?〜経済学に学ぼう
<その2>貨幣って何だろう
『貨幣という謎 金と日銀券とビットコイン』
西部忠(NHK出版新書)
北海道大学経済学部教授で、専門は進化経済学、貨幣論、地域通貨です。
現在の貨幣システムとは異なる良質な通貨の登場を期待

序で著者は、経済を理解する上で一番重要なものが、貨幣、すなわちお金だと述べ、続いて、貨幣は「もの」なのか「こと」なのかと問います。硬貨や紙幣は「もの」ですが、クレジットカードによる支払いは「こと」です。つまり貨幣は、「もの」と「こと」のどちらでもあるのです。
第一章は、貨幣とは何かや貨幣の役割についての解説です。そしてまず、価格の決まり方について、ミクロ経済学の最も一般的な市場の分析理論である「一般均衡理論」(すべての物についてちょうど需要と供給が一致するような価格と数量の組み合わせが、一斉に調整されるとする)を現実にそぐわないと批判し、実際の様々な市場でのものの価格の決まり方を説明します。そして貨幣は、物々交換を効率よくするものというだけでなく、「貨幣があるから物が商品になり商品を売買する場所である市場が成立する」、つまり「貨幣が市場を作っている」と述べます。
ロビンソン・クルーソーの物語を引用します。英国人のロビンソンは、乗った船が難破して、無人島に漂着します。そこで一人で工夫して生活した結果、資源と労働の合理的な配分が重要であり、貨幣など無用の長物だと考えます。しかし、彼は帰国すると、たちまち人々の集う社会では、貨幣が必要であることを悟ります。この話から著者は、社会は貨幣を必要としていることを述べます。
そして貨幣の4つの機能である、1)交換/流通手段、2)価値尺度、3)蓄積手段、4)支払手段、を紹介します。
第二章では、「裸の王様」の物語を引用し、貨幣はなぜ貨幣として使えるかを説明します。「裸の王様」では、本当は王様は裸なのに、誰もが王様は立派な服を着ていると信じる(ふりをする)ことによって、あたかも実際に「ある」かのような「現実」が生れます。このようなことを著者は「観念の自己実現」と呼びます。そして「観念の自己実現」は、お金にも当てはまります。皆が信じているからこそ、日銀券など紙にすぎない紙幣がお金として使えるのですね。これは逆に、いろいろな形のお金が可能なことを意味します。ビットコインや地域通貨なども通貨のひとつです。そしてもし「貨幣が市場を作っている」のであれば、「貨幣が変われば市場が変わる」と言えるのではないかと、次の章につながる問題提起をします。
第三章は、現在の貨幣につきまとう病の話です。著者は経済を不安定にするバブルも、それが弾ける不況も、「観念の自己実現」で説明します。つまり、皆がある商品が儲かると信じると、皆がそれに投資して価格がつり上がります。しかしどこかで不安が生じ、皆が信じなくなると、途端にその商品の価格が暴落します。1630年代ヨーロッパのチューリップバブルも、日本の平成バブルもアメリカのサブプライムローン・バブルも同様です。したがって貨幣(お金)が使われる限り、バブルは常に起こりうることだと言います。
そこで著者は、改めて現在の貨幣制度を成立要件とする現在の市場経済の長所と短所を考察した上で、新たな貨幣制度を形成して、資本主義市場経済の短所をカバーしたいと模索します。
現在のシステムとは異なる通貨としては、現在、バングラデシュの実業家で経済学者のムハマド・ヤヌス氏が工夫した利子のない貸出業務マイクロクレジット、特定の地域だけで流通するコミュニティ通貨、ドイツの実業家で経済学者のシルビオ・ゲゼルが考えた日々持っているだけで目減りする減価する貨幣、そしてビットコインなどが注目されています。著者はそれらも含め、より良質な通貨の登場を期待します。私も、将来理想的な通貨(貨幣、お金、信用)が編み出されることを祈ります。
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