第6回 生物であるヒトとは<その1>生命誕生と進化
『生命誕生 地球史から読み解く新しい生命像』
中沢弘基(講談社現代新書)
著者は、物質・材料研究機構名誉フェロー、日本地球惑星科学連合フェローです。
幾度ものサバイバルを経て、RNA/DNAを形成、生命誕生へ
本書では、なぜ生命が誕生したのかとの問いに対し、分子進化の自然選択説を提案しています。
まず、第一章では地球の誕生が解説されます。46億年前、微惑星の集積により地球が創生され、その凝集エネルギーで全地球はいったん熔融し、表面はマグマの海になりました。高温で大気は水素を失い、酸化的大気となりました。43億年前、地球は熱を宇宙に放射し、温度が下がって水蒸気が凝集し、全地球を覆う海洋が出現しました。エントロピーの低減による地球秩序化です。
第四章からは、有機分子の起源が語られます。40-38億年前に太陽系の軌道の乱れにより、火星と木星の間の小惑星帯から軌道をはずれた小惑星や隕石が地球に頻繁に衝突しました(後期重爆撃)。海洋に衝突し、水と激しい化学反応をしました。超臨界水状態となり、超高温の衝撃後蒸気流を発生して一時的還元環境ができ、冷却する中多種多量の有機分子が創成されました。これを、有機分子のビッグ・バン説として提案しています。
上空で生成した有機分子は雨に含まれて海洋に回帰し、揮発性有機分子と非水溶性有機分子は海面上に出て酸化的大気と強い紫外線に曝され酸化分解しました。海洋に溶解できる親水性の生物有機分子だけがサバイバルし、それらが粘土鉱物に吸着、沈殿して海洋堆積物中に埋没されることで「自然選択」されました。海洋堆積層中に埋没した生物有機分子は、その後の堆積物の“続成作用”によって圧密・昇温環境に曝され、脱水重合して高分子化することでサバイバルしました。これを生物有機分子の地下深部進化仮説として提案しています。重合したものを、“酵素やRNA/DNAの片鱗”と呼んでいます。
第七章・分子進化の最終段階:40-38億年前頃、海洋堆積層はプレートテクトニクスによって移動し、プレート端で一部褶曲・断層を生じつつ島弧の付加体となり、他はサブダクション帯を経て再びマントル内部に沈み込みます。その堆積層中に含まれる高分子は、多量に発生した海水起源の熱水やマグマ起源の熱水に遭遇して加水分解する危機に直面します。しかし、一部は無機(シリカ球など)の小胞などの内部に取り込まれ退避してサバイバルします。小胞は生成もしますが消滅もします。それらはまた融合によって他の高分子を取り込み、エントロピーを小さく保つと共にすでに取り込んだタンパク質の“片鱗”の触媒作用で重合し、巨大分子化します。そしてタンパク質を形成し、“代謝機能”を獲得した“個体”は熱水環境を生きながらえました(「無遺伝子生命体」の時代と提案します)。
第八章・生命は地下で発生して、海洋に出て適応放散した!:38-37億年前頃、“無遺伝子生命体”が、小胞融合によって核酸塩基や核酸の“片鱗”を取り込み、RNA/DNAを形成して“自己複製(遺伝)機能”を獲得し、同種を増殖して“種”を創出しました。こうした“個体”の生成は、すなわち“生命誕生”であり、その個体の増殖は熱水環境における“地下生物圏”の成立なのです。この過程を生命発生および地下生物圏の時代と提案します。27億年前には全マントルの熱対流が開始され、地球磁場の強度が増大されたことを契機に、シアノバクテリアが浅海環境に進出して増殖し、生物の海洋での“適応放散”の端緒を拓きました。これを海洋への適応放散の時代と呼びます。
これを「地球軽元素進化系統樹」と呼んでいます。生命科学者の提案する生命起源論とは異なりますが、46億年の全地球史を基に、物理的必然性と地球史的合理性の視点から“生命誕生”に至る経緯を提案しています。筆者は、この新書が、納得または異議を感じた読者の今後の立証や反論の契機になることを期待しています。
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