第6回 生物であるヒトとは<その1>生命誕生と進化
『利己的遺伝子から見た人間 愉快な進化論の授業』
小林朋道(PHPサイエンス・ワールド新書)
筆者は、鳥取環境大学教授で、専門は動物行動学、人間比較行動学です。
子供はなぜ野菜嫌い? 母親を食べてしまうムシがいる? 動物の行動を遺伝子で説明!
動物(行動)学者の面目躍如、ヒトも含めいろいろな動物の行動の紹介がそれぞれ面白く描かれています。それらはもちろん「利己的な遺伝子」の観点から、紹介されています。
まず、分子生物学のおさらいとして、核酸であるDNAやRNAの合成や性質の話が出てきます。遺伝子は核酸DNAの特別な配列のことなので、はじめに触れることは仕方がないのかもしれません。できるだけ簡単に書かれていますので、是非つきあっていただきたいと思います。
核酸には塩基といわれる4種類の印(化学物質)がついています。その4種類の印がずらっと並んでいるのがRNAやDNAです。そしてその3つずつで一組となり、あるアミノ酸に対応させて、その並びに応じたアミノ酸の並びを持つタンパク質を合成させます。そうしたタンパク質がそれぞれの生物の体を作ります。だから4種の印の並びがそれぞれの生物を形作る遺伝子に相当することになります。最近、そのRNAがRNAだけで触媒作用をして、自分自身を複製する(自分の持っている4種類の印の並びと同じ並びを持つRNAを作ることです)ことがわかってきました。つまり、RNAは自己複製できる化学物質だったのです。そんな初期地球の生命体誕生間近の頃を、RNAワールドとも呼びます。そして、そのRNAの性質を基に考えれば、遺伝物質は利己的な、つまり周りのことにお構いなしに、自分自身を複製しようとする性質を持つことがわかります。その延長として、その複製(コピー)ミスから生まれる進化のことも少し紹介しています。
そして大変面白い動物行動の紹介によって、利己的な遺伝子を説明しています。コブハサミムシはその子供たちが餌を得られにくい環境に生育します。母親は地面の石の下などに数十個の卵を産みます。クモやらムカデなどから守るのです。そしてふ化した子供たちは、まずその母親を食べてしまいます。“ふ化後母親の体を食べる”という性質の遺伝子はどうして生まれたのでしょう。おわかりのように、子供たちが餌を得られにくい環境では、ふ化後母親の体を食べるという遺伝子を持たないコブハサミムシだったとしたら、きっと生物種として現在まで生き残っては来なかったと想像できます。本書では、その他にも著者が得意な動物の行動とその進化を、楽しくたくさん例示しています。
第二部には、利己的遺伝子説から見た人間の行動、として私たち人間の行動のいろんな側面について、利己的遺伝子説から説明しています。例えば、妊娠した女性になぜ「つわり」があるのか。子供の野菜嫌いはなぜか。(説明として、妊娠中の胎児や幼い子供は、大人以上に有害物質に弱いので、それを避ける傾向があります。刺激物、苦い食べ物など、有害である可能性の高い食物を避けた方が、安全に産み、健康に育つ確率が高いため、そういう性質を与える遺伝子を残してきたと考えられるとしています。)他にも興味のある例をいろいろ紹介しています。そして最後には、「遺伝子の戦略を利用して、個体が幸福になるためには」という項を設けて、またいくつかの提案をしています。興味のある方は、是非一読されますように。
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高校生からもひとこと

遺伝子がヒトという乗り物を作り、動かしている
生物を見るとき、遺伝子を中心として見たほうが本質的な理解ができるのではないかという考え方がある。「個体は遺伝子が一時的に作って利用する乗り物にすぎず、遺伝子は、ほかの乗り物の遺伝子とも協力しながら、やがて死ぬ乗り物を乗り継ぎながら存在し続ける」という見方である。「われわれ人間は、増えることを様々なやり方で達成していった遺伝子が、現時点でたどりついた一つの形である。遺伝子が、安全な乗り物を作り、脳を作り、感情や心理も作りながら乗り物を動かしている」と言える。
生物を勉強することは、あまり意味のないことだと思われがちだが、実は人類や他の生物、そして地球という大きな存在に対して、未来へつながるヒントが隠されている可能性があり、とても有意義なことなので、ぜひ生物に興味を持ってほしい。(小野寺晃大くん)

日常のギモンも遺伝子で説明できることに驚き!
利己的遺伝子説は、「生命個体の中にある遺伝子は、自分のコピーが、その後の世代に伝えやすいような形態、生理特性、行動様式、心理特性を備えた生物個体を作り上げる」というもの。「利己的遺伝子説から人間観が見えてくる」という考え方がとても興味深いと感じた。「なぜ子供は野菜が嫌いなのか」「母方の親戚の方が、子供の面倒をみるのはなぜか」など日常での疑問を利己的遺伝子で合理的に説明できるというのに驚いた。(徳武萌花さん)