第7回 生物であるヒトとは<その2>誕生と本性

『人の気持ちがわかる脳 利己性・利他性の脳科学』

村井俊哉(ちくま新書)

著者は京都大学大学院准教授で、専門は臨床精神医学一般の精神科臨床医です。行動神経学、高次脳機能障害の臨床に携わっています。

公平感・不公平感に対する敏感度から4つの性格判断

人は社会の中で生きています。「駆け引きする脳」や「助け合う脳」の脳機能に興味があり、臨床と脳科学によりアプローチしています。究極には「人間は何のために生きるのか」についても論じています。

 

グーグルで「人の気持ちがわからない/わかる」を検索すると、二十万件もヒットするそうです。それだけ皆さんは人の気持ちが気になるのですね。ということで、筆者はこの本を書く気になったそうです。

 


人々にいろんなゲームを行ってもらい、その時に活動する脳の部位を、特に機能的MRI(磁気共鳴によるイメージング)により特定します。

 

例えば、不公平感・不公正感が行動を促すとき、どこが一番活動しているかを調べました。「最後通牒ゲーム」と呼ばれます。AさんとBさん二人に1000円渡し、Aが分け前を決定し、Bに提示してもらいます。受け入れた場合は、Aの提案通りですが、Bが拒否すると二人とも受け取ることができません。500円ずつを提案すれば、きっと受け入れられるでしょう。でもAが700円や900円でBがその残りという提案には、Bは受け入れないこともありそうですね。それぞれの条件で、脳の活動部位を調べ、特に働く部位を特定しました。腹内側前頭前皮質という部分が、不公平だと感じても、その怒りを鎮め、一定の利益を得る方を選択させるために働いていることがわかりました。その部位の損傷で、そうした感情のコントロールに対する「高次脳機能障害」が見られるのです。また、島皮質が、逆にその場の怒りの感情に任せて行動を起こさせていました。そうした働きは本人にとってはむしろ損だと思えます。

 

何故脳にそんな働きをする部分があるのでしょう。実は「利他的懲罰」だと捉えています。自分を犠牲にしてでも、集団の協調性を高めるため、不公平な行動をする相手に懲罰を与えていることになっています。その性質を筆者は数式化し、その強さを表す係数をαとします。そして脳内神経伝達物質であるセロトニンの量が関係していることを示します。

 

今度は他者からの評判に反応する部位(線条体)や、さらには匿名の慈善行為などのように自己犠牲を伴う利他的行動に働く部位(膝下部)などを、同様なやり方で特定していきます。後者の実験として、「囚人のジレンマ」ゲームをします。それにより、自分の方が、相手に対しどの程度不公平に対応するかを知ることができます。すると、大抵は、自分だけが得するというよりは、ある程度公平・公正に対応する方を好みます。不公平・不公正な態度は自分でも居心地が悪いと感じるのです。

 

自分が他者に与える不公平・不公正に、自分がどのくらい敏感かという係数をβとして、数式化しています。そして相手の不公平に対する敏感の程度を示すαと一緒に、αとβの組み合わせ4つの性格判定をしています。例えば低α低βの人は、困っている人がいても我関せず、かつ自分が困って誰も助けてくれなくても平然としているタイプとして、漫画の「ゴルゴ13」の主人公がこのタイプかもしれないと述べています。他のタイプに興味がある方は、本新書を手に取ってみてください。

 

道徳と脳の関係も議論しています。実生活では、ゲームなどと違って、もっと複雑な状況が生じています。実際には、脳の働きだけでなく、感情にも大いに影響されると推測しています。上のαやβもその感情に大いに関係します。つまり人の脳の働きについて研究できている部分は、人間の行動を決める巨大な氷山のうち、せいぜい、海面から頭を突き出した一角だけなのだろうと述べています。つまり人の脳の働きは、まだまだ未解明だということをわかっていただきたいと筆者は訴えます。

 

最後に、人間の気持ちを知りたいと思うのは「何のため」という問いに答えます。それは、自分の喜びや苦しみと同時に、他の人たちの喜びや苦しみが重要だからだ、自分の喜びや苦しみの少なくとも一部を他の人たちと共有しているからなのだと結んでいます。

 

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高校生からもひとこと

誰もが持っている「駆け引き脳」で個性を測る

 

「駆け引き」を重視するか、「助け合い」を重視するかなど、人それぞれの個性を測る方法などが紹介されていて、面白い。「駆け引き脳」というのは、誰もが持っている、何らかの判断をしたり決断したりするものだ。私たちは生きていく中で知らず知らずのうちに多くの駆け引きを行っている。その時、この脳が、いかに自分に良い結果になるように考えてくれているおかげで、正しい判断ができるということだ。(長嶋沙季さん)

 

利己性、利他性でのタイプ分けに興味

 

人の利他性、利己性はアンバランスな状態にあり、大きく4つのタイプに分けられるということに興味を持った。

 

(1)低α低β型は、自分が与える立場にあっても、与えられる立場にあっても、感情に左右されないクールタイプ。(2)低α高β型は、与えられる立場にあるときは不公正な要求をするパートナーにも怒らず、与える立場になったら惜しみなく与える天使のようなタイプだが行動力がない。

 

(3)高α低β型は、与えられる立場にあるときは正当な利益を要求するが、持てる立場になったら困っている人を見ても平然としているタイプ(低βが際立つと精神病質、高αが際立つとクレーマー)。(4)高α高β型は、自分が持てるときは分かち与えるが、同じことを他人にも要求する熱血タイプ。(杉田茉央さん)