第7回 生物であるヒトとは<その2>誕生と本性
『ヒトの心はどう進化したのか 狩猟採集生活が生んだもの』
鈴木光太郎 (ちくま新書)
著者は新潟大学教授で、専門は実験心理学です。
二足歩行や言語のみならず、スポーツや遊びも、「ヒト」らしさ
進化して生まれたヒト。祖先はチンパンジーとの共通祖先でした。著者は、600万年という時間をかけて、私たちヒトは進化を遂げたと述べています。私、生命科学研究者としては、この点だけは是非皆さんに誤解しないでいただきたいと念じます。むしろ、ヒトという新種自体が、その誕生の時点で既にヒトの特徴や性質を持っていたと考えてほしいのです。もちろん、著者の述べるように、狩猟採集をして暮らしていたうちに、ヒトのある特徴は進化した、または20万年前のホモ・サピエンスに進化したときに、そこで新たに獲得した特徴もあるかもしれません。しかし本質的なヒトの特徴は、既にチンパンジーとの共通祖先からヒトに進化した時点で、獲得していたと理解してほしいのです。
さて、ヒトの特徴がはじめに詳細にまとめられています。身体的特徴と「こころ」の特徴です。6つの大きな特徴は、大きな脳、直立二足歩行、火や道具の使用、言語と言語能力、そして文化です。そしていろいろな特徴が挙げられています。例えば、アイコンタクト、遊び、思いやり、口笛、感情の豊かさ、手先の器用さ、長い成長期、右利き、まね、性差や分業、笑い、等々たくさんあります。生活の中で学習していった特徴もあるでしょうし、進化したときに獲得していた特徴もあるでしょう。著者は、こころの専門家として、特にこころに関わる特徴について詳しく述べています。
ヒトをヒトたらしめているもの(6つの特徴)、狩猟採集生活が生んだもの(家畜、スポーツ、分業)、そしてヒトの間で生きる(ことば、こころの理論とヒトの社会)の三つに分けて議論しています。それぞれに豊富な例を挙げながら、その由来と説明を加えています。
一例を挙げます。ヒトとチンパンジーの共通祖先がいたのは、東アフリカの大地溝帯と呼ばれる地域の赤道近くでした。チンパンジーの祖先は森林で樹上生活を送っていましたが、ヒトは乾燥化によって森林がサヴァンナ化しつつあった場所で生活するようになりました。サヴァンナでの生活に適応して360万年前には既に2本足で立って歩いていたとされています。それは足跡の化石が見つかったからです。二足歩行により、視点が高くなり見張りも容易になり、歩くのも速くなり、もちろん手が空き、後々いろいろな道具を作ったりする利点を提供し、そして赤道近くの日射により浴びる熱量を減らすこともできたろうとしています。狩猟採集生活についての記述箇所では、その活動の延長上にある遊びやスポーツ、動植物の飼育・栽培の起こり、そして性差の由来などを説明します。食料になる植物の栽培から、約1万年前の定住農耕が可能となり、大きな社会が生まれてきます。
そしてヒトの間で生きる(社会生活)についての記述箇所では、長い成長期間に必要とされる教育や世話に由来する「心の理論」の能力の獲得・発達のことを説明しています。そのおかげで、私たちヒトは協力し合う社会を築き上げる能力や性質を持っていることになります。そしてこうした「心の理論」はチンパンジーには見つからないことから、ヒトに進化した過程で出現したと考えられているとしています。そしてこの能力こそ、ヒトの社会の特質を考える上でもっとも重要な鍵になるとします。憐れみ、模倣、学習、そして言葉も、著者はこの「心の理論」を基に説明します。皆さんも是非このヒトの特徴(心の理論)を理解し、現代社会を生き抜いていただきたいと願います。
[amazonへ]
高校生からもひとこと

好奇心がヒトを進化させてきた
ヒトは身体だけではなく、心も進化させてきたということが書かれており、どのように進化してきたか、今の私たちにつながっているのか知ることができる。ホモ・サピエンスが生息範囲を広げたのは、好奇心によると言う。現代の我々も好奇心によって様々なものを発明してきた。また、それらは人生を豊かにしてきた。
「かくれんぼ」や「しりとり」などの子供の頃にしていた遊びは、狩りに必要なスキルのトレーニングや言葉を増やすことにつながっていた。自覚のない中でヒトは、人生に必要な能力を身につけていた。(亀井百恵さん)